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【いろいろ知りたい デジモン関係者に聞く!】
『デジモン』のことをより深く知るために、関係者からコンテンツの制作経緯や苦労話など、普段あまり聞けない話を訊き出します!記念すべき1回目は、デザイナーの渡辺けんじさんが登場! 前編では、『デジモン』が生まれた経緯から振り返っていきます。


【プロフィール】
<<第一回:キャラクターデザイン 渡辺けんじ氏>>
渡辺けんじ氏(わたなべ けんじ 文中は渡辺)
液晶玩具『デジタルモンスター』の生みの親のひとり。これまで『デジモン』の仕事に長年にわたって携わり、数々のデジモンのイラストを手掛けてきた。

羽生: 僕がけんじさんとお付き合いさせていただくようになってそれなりに長くなってきましたが、実はけんじさんの経歴の詳細をちゃんと聞いたことがないという……。大変恐縮ですが、改めて自己紹介からお願い致します!

渡辺: はい、デジタルモンスターのキャラクターデザイナーの渡辺けんじです。

羽生: けんじさんは、『デジモン』のキャラクターデザイナーとして紹介されることが多いですし、ファンもそのように認識していますが、企画などにも携わっていますよね?

渡辺: もともとの話をすると、ウィズというのは30年前くらいに、たまごっちでも有名な横井社長がバンダイから独立して作った企画会社です。そのときは5人くらいの会社だったので、皆がいろいろなことをやらないといけなかった。僕が中心にやっていたのは、企画書を作る仕事です。というのも、僕は当時のスタッフのなかで唯一、マンガっぽい絵を描ける人間だったんです。企画書の絵は一目見てはおもしろく見せないといけないので、楽しげに見せる企画書を作るのは僕の役割だったんですよ。ただ、商品開発を進めていくと、企画のほかにも担当する必要が出てきます。それでパッケージの絵や、商品に登場するキャラクターの絵を描くのも仕事になりました。

羽生: なるほど。では、『デジモン』にはどのような経緯で携わることになったんですか?

渡辺: ウィズができて10年くらい経ったときに、『たまごっち』を開発することになり、僕はドット打ちからキャラクター作りまで担当しました。『たまごっち』と『デジモン』はバンダイさんでは同じ部署でやっていたのですが『たまごっち』はどちらかと言うと女の子向けの玩具じゃないですか。その部署が男児玩具の部署だったので男の子向けもやろうという事になり、男の子でも遊べる『たまごっち』を作ることになりました。キャラクターの育成は男の子もやるでしょうと。ただ、男の子は友だちとバトルできる要素があったほうがいいよねということで、戦う『たまごっち』ということで、『デジモン』が生まれました。

羽生: なるほど。当時は、何人ぐらいのチームでいらっしゃったんですか?

渡辺: 『たまごっち』をやっている人間が『デジモン』もだいたい兼任していましたが、企画は3人くらいいました。『たまごっち』では僕がドットも打っていましたが、『デジモン』ではデザインを中心にやることになり、ドットまで手が回らないということで、そのとき社内にあったゲームの部署の人間にドット打ちをお願いしました。

羽生: ということは、『デジモン』の開発チームは5人くらいでしょうか?

渡辺: 人数的にはそれぐらいですね。

羽生: 入社段階ではデザイナーではなかったのが、次第にデザインを中心とした業務になっていったんですか?

渡辺: デザインを中心にやってはいましたが、当時は専門学校卒業したての新人だったので、何でもやっていたんです。それこそ試作や原型、模型も作ったりもしていました。工場に行って、生産ラインに並ぶこともありましたね。

羽生: 玩具の開発を進める際に、ドットのデザインとキャラクターデザインの作成は、どちらを先に行うのですか?

渡辺: 初めて『デジモン』を作ったときは、キャラクターのイラストが先ですね。いまアートブック(『デジタルモンスター ART BOOK Ver.1~5&20th』)を作っていて、そのなかにちょっとだけ掲載する予定ですが、最初は火や水、土というように、3すくみや4すくみのテーマみたいなものがあって、火の恐竜や水の怪獣を描いていました。ただ、某ゲームのキャラクターにそっくりになってしまったので、これではまずいとコンセプトの修正をすることになって……。

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羽生: そこから慌ただしく立て直していってという感じだったんですか?

渡辺: そうですね。全然時間がないから、僕の好きなように描かせてくださいと交渉して。当時、僕がアメコミやフィギュアが好きだったので、子ども向けにアメコミのキャラクターをぶつけたら何かできないかなと思いました。大人向けのものはたくさんありましたが、影がガッツリついていたり、筋肉の筋がついていたりするような、子ども向けのキャラクターはいなかったんです。

羽生: アメコミを意識したデザインを最初に提案した時、チームのみなさんはどんな風に言われました?

渡辺: カッコイイんじゃないかなって。キャラっぽくデフォルメもされていたので。ただ、実際は締切が迫っていたので、何も言える状況でもなかったと思います。これでいくしかないぐらいのスケジュールでしたから。それで10数体描いたのかな。できたものをドットに落として走り始めました。

羽生: こうして、『デジモン』が誕生したと。ちなみに、最初のキャラクターで特にお気に入りのデジモンは?

渡辺: 描けてよかったのはデビモンですね。

羽生: おぉ! 僕が『デジモン』を担当するようになって、いちばん好きだったのがデビモンでした。

渡辺: そういえば、以前、レディーデビモンも好きだとお話されていましたよね。

羽生: はい。ただ、最近だとデビモンは若干、序盤のやられ役になってしまいましたが(苦笑)。

渡辺: 初めは中ボスだったじゃないですか(笑)。

羽生: 昔は中ボスで、インフレが進んだ今は、序盤の敵という感じで……(悲)。

渡辺: 出てきてやられるというね。

羽生: そうなんですよ。ちなみに、デビモンのデザインは、トッド・マクファーレン(カナダ出身の漫画家)の影響を受けているのかなと思いました。

渡辺: あとはサイモン・ビズレー(イギリス出身の漫画家)の影響が強いかな。

羽生: 確かにサイモン・ビズレーらしさも感じますね。けんじさんは、『デジモン』がヒットしたという感覚を発売当初から感じていましたか?

渡辺: どうなんだろう。当時は『たまごっち』が売れていて、手に入らない状態でした。それで似たような『デジモン』が出たということで、最初からそれなりに売れていたとは思います。液晶玩具ブームがありましたからね。それに、バンダイの担当が途中からみなさんおなじみのボルケーノ太田さんに変わり、益々盛り上がっていきましたね。

羽生: ヒットを感じ始めたのはいつごろですか?

渡辺: 初めからふつうに売れていて、Vジャンプや週刊ジャンプと協力してやれてっていたので、全体の展開はたまごっちと比べるとより仕掛けられていましたいた印象です。まぁ先にスーパーヒットのたまごっちがあったからかもですが、メディア展開はうまくいっていたのかなと思います。ただ、フィギュアはそんなに売れていないと聞いていましたね。キャラクターよりも、デジタルモンスターという遊び方が受けていたのかなと。『たまごっち』もゲームの内容がおもしろいので、はじめはキャラクターがとしては受け入れられてはいなかったんじゃないかなと思ってました。だから僕としては、『デジモン』もフィギュアを出してもそんなに売れるもんじゃないだろうとは思っていました。当時のデジモンは、あくまでも商品とおもちゃの中のキャラクターだったのかなと・・・

羽生: そこが変わったのは、『デジモン』がアニメ化されてからですか?

渡辺: そうですね。ただ、当時はストーリーがなかったのでアニメ化をやりしたいと聞いたときには驚きましたけど。

羽生: 世界観などはどうされたんですか? アニメの前に、『デジモンワールド』のゲーム(1999年発売:PlayStation®)を作っていたじゃないですか。そのあたりの世界観の広がりが活かされていたりしたんですか?

渡辺: 『デジモンワールド』は、ゲームをやりたいという話があって動き出しました。当時の『デジモン』では、強く世界観を押し出していなかったとはいえ、漠然とこれはこうだよねっていう設定はありました。ですので、当時の家庭用ゲームのプロデューサーと、物語の舞台となる“ファイル島”を作りましょうなど相談をして。ちょうど液晶玩具は、『デジモンペンデュラム』を作っていたので、同時に設定を活かして展開していきました。

羽生: 『デジモンワールド』をやっていたから広がりがあったと。ちなみに、セガサターンの『デジタルモンスターver.S デジモンテイマーズ』(1998年発売:セガサターン)はどうでしたか? 液晶玩具のキーワードに、すでに“ハッカー”というのもあったと思いますが、液晶玩具の設定をそのまま引っ張ってきた感じですか?

渡辺: 僕はキャラクターを描いてくださいと言われてかいたので、ゲームでの設定までは覚えてないです(苦笑)。

羽生: 個性的なハッカーがたくさんでてきましたよね! あのデータって残ってないんですか?

渡辺: 残っていないと思います。

羽生: 残っていれば、再利用したいなと思いまして……。どこにもデータがないんですよ。

渡辺: 僕自身、何回かパソコンをクラッシュさせているからね。

羽生: そうですよね。僕が担当になった後も、クラッシュしたから持っているデータを回収させてくださいとお願いされました(笑)。

渡辺: あと、ウィズが引っ越しや部署替えするときに、紙ベースのものは処分してしまうんですよ。だから、もともと残っているデータが意外となくて。家で仕事をしていると、たまたま残っていたりするのですが、会社だと残っていないんですよね。僕の机の下は紙の山になっていたりしていました。

羽生: いつからデジタル化したんですか?

渡辺: 最初からデジタルでしたよ。線画は手書きでしたけど。数は少ないですが、現存するものはアートブックのほうに収録する予定です。あと、せっかくだから今後は額に入れて自分の事務所にかざっておこうかな?

羽生: 線画、今だったらものすごく貴重ですね(笑)。

渡辺: でも自分で絵を描いていると、絵自体に価値なんてあんまり感じないんですよ。ラフなんて、みんなポイポイ捨ててしまいますから。それをゴミ箱から拾う人がいたりして・・・やめて〜ていってました(笑)

羽生: 昔の作品などは、書類や資料が残っていないことも多いですね……。いろいろなシリーズや商品があって、それごとにデジモンや設定が増えていったので、きちんと管理しておきたいですね……。

渡辺: ただ、複雑化したのは、ゲームだと思っていますよ(笑)。ゲームの設定は僕たちも分からないので。もちろん、ソフトはありますがやり込んでも、裏設定まで分からないことがありますし。

羽生: あれ、デジモンが増えたのはカードじゃないですか?(笑)

渡辺: 両方ですよ(笑)。



羽生: ゲームは特に、ワンダースワンで出ていた『デジモン』ゲームの資料が残ってないですね……。ゲームや当時の攻略本は一通り目を通していますが、どうしても詳細が分からないところがあったりして悔しいです。

渡辺: ワンダースワンは“デジモン専用機”と言われるくらい、『デジモン』のゲームを沢山出していましたね。『デジモン』を出すか、『クラッシュギア』を出すか(笑)。当時、ウィズのなかでも、もともとの携帯機とワンダースワンとでチームがちょっと違うんです。お互いに設定を作っていて、僕はキャラクターだけ描いてとお願いされていて。設定上、全部のデジモンを集めたようなモンスターが欲しいとオーダーされて、全部くっつけたようなキャラクターを描きました。それがキメラモンだったのですが、その後、キメラモンに似たミレニアモンが誕生して……。

羽生: そうなんですよね! そこらへんのキャラクターは今でも人気の高いキャラクターなので、もっとバックボーンを深堀して活躍の機会を与えたいんですよね。そのためにも、やはり資料を整理し直して……。

渡辺: 体制を整えて、データを集めてアーカイブ化していきましょう!・・・主にウィズが(笑)

羽生: そうですね。それに、けんじさんがずっと関わってくれることによって、生きたアーカイブになっていただいて(笑)。……(続く)

関係者に聞く!
デジモン開発秘話<<第一回:キャラクターデザイン 渡辺けんじ氏 後編>> へ続く

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